データ駆動型アプローチで探る単分子磁石の設計指針

プレスリリース要約

東京理科大学の研究グループは、深層学習を用いて単分子磁石特性を予測するモデルを開発し、結晶構造データベースから約20,000件のデータを用いて成功を収めた。この成果は、単分子磁石の詳細な構造に基づく材料設計の有用性を示唆するもので、2024年2月1日に国際学術誌「IUCrJ」に掲載された。研究では、結晶構造の3D画像を使い、深層学習モデルを用いて単分子磁石特性を約70%の高い精度で予測することができた。これは、材料設計における新たなアプローチを示すものであり、単分子磁石分野での重要な成果とされている。
研究の要旨とポイント

  • 単分子磁石は、超高密度磁気記録デバイスや量子コンピュータへの応用が期待される材料ですが、分子設計の指針は確立されていません。
  • 深層学習を用いて、分子構造のみから約70%という高い精度で単分子磁石特性を示すかどうかを予測するモデルを作成し、結晶構造データベースから抽出した約20,000件のデータから単分子磁石を見つけ出すことに成功しました。
  • 複雑な構造を持つ単分子磁石でも、データ駆動型の材料設計が有用であることを示唆する重要な成果です。

【研究の概要】

東京理科大学 理学部第二部化学科の秋津 貴城教授、滝口 裕司氏(2022年度修士課程修了)、中根 大輔助教の研究グループは、金属錯体の結晶構造の3次元座標から構造的特徴を3次元画像として学習する方法を考案し、結晶構造データベースから抽出した約20,000件のデータから、人工知能(深層学習)を用いて、約70%という高い精度で単分子磁石特性を示すかどうかを予測するモデルを作成し、結晶構造データベースから抽出した約20,000件のデータから単分子磁石を見つけ出すことに成功しました。

単分子磁石は、その名の通り1個の分子が磁石のようにふるまう物質を指し、高密度な次世代磁気メモリの実現に大きく寄与する物質として注目されています。先行研究から、単分子磁石の磁気特性と結晶構造の関連性が示唆されてきましたが、そうした関連性はあくまで個別の物質についての研究結果の解釈として提案されたもので、結晶構造の特徴から磁気特性を予測するというアプローチはとられてきませんでした。

そこで本研究グループは、結晶構造データベースから金属サレン錯体を抽出し、深層学習を用いて、単分子磁石として機能する3次元構造の特性を調べました。本研究では、過去10年間のサレン型単分子磁石に関する論文から作成したデータセットを用いた深層学習モデルを作成しました。このモデルを用いることで、分子構造のみから単分子磁石特性を示すかどうかを約70%という高い精度で予測することができました。この結果は、複雑な構造を持つ単分子磁石分野でも、データ駆動型の材料設計の有用性であることを示唆する重要な成果です。

 本研究成果は、2024年2月1日に国際学術誌「IUCrJ」にオンライン掲載されました。

図 本研究の概要

Takiguchi, Yuji, et al. “The prediction of single-molecule magnet properties via deep learning.” IUCrJ, vol. 11, no.2, 2024

【研究の背景】

単分子磁石は、単一分子としてバルク強磁性体のような磁気緩和挙動を示す金属錯体で、高密度メモリや量子コンピュータへの応用が期待されています。現在、多くのランタノイド錯体が単分子磁石として報告されていますが、結晶中のランタノイド錯体は構造制御が難しく、単分子磁石設計のための確立された指針は未だ存在していません。量子化学的な理論計算から単分子磁石の特性について考察した研究報告はあるものの、こうした手法は膨大な計算コストと時間を必要とする上に、計算条件の選択が結果に大きな影響を与えるため、実験結果の解釈にしか利用できません。

近年、有用な機能材料開発における時間や経費、エネルギーコストを大幅に削減する技術として、人工知能を用いたデータ駆動型化学への関心が高まっています。人工知能と密度汎関数理論を用いて新たな蛍光材料の開発に成功した例など、データ駆動型研究の成功例が発表されている一方、複雑な構造を持つランタノイドイオンや金属錯体が中心的な役割を果たす単分子磁石分野で、人工知能がどの程度有用性を発揮するのかは不明でした。

単分子磁石としては、フタロシアニン錯体、メタロセン、ポリオキソメタレート錯体など多くの物質が報告されていますが、本研究では、サレン錯体を研究対象として選択しました。サレン錯体はさまざまな3dおよび4f金属との錯体を形成し、また、単核、二核、多核錯体など多様な構造が報告されていることから、単分子磁石に特異的な特徴を同定に適していると考えられます。また、サレン配位子はアルデヒドやアミンから容易に合成できるというメリットもあります。

本研究では、既報の論文からサレン型単分子磁石を元にデータセットを作成し学習を行いました。結晶構造データベースから抽出した約20,000個のサレン金属錯体の結晶構造を用いて、単分子磁石のふるまいを予測しました。

【研究結果の詳細】

まずGoogle Scholarで、2011年から2021年の間に出版された論文を対象に「salen + SMM」(SMMは単分子磁石の略称)というキーワードで検索したところ、約800件の論文がヒットしました。これらの論文に記載されていた金属サレン錯体の結晶構造について、結晶構造と単分子磁石特性を示すかどうかのデータを収集し、データセットを作成しました。また、結晶構造データベースCambridge Structural Database(CSD)から約20,000件の金属錯体の結晶構造を抽出し、それらの単分子磁石特性を予測しました。

結晶構造を表現する記述子はさまざまな種類がありますが、3D画像(ボクセル)は分子の3次元情報をよく保持することが報告されていることから、今回は、金属錯体を表現する記述子としてボクセルを利用しました。

深層学習モデルとして3次元畳み込みニューラルネットワーク(3D-CNN)を使用し、分子構造に基づいて分子が単分子磁石であるかどうかを予測する二値分類モデルを作成しました。このモデルを用いて、結晶構造のボクセルデータをもとに単分子磁石特性を示すかどうかを予測した結果、約70%という高い精度を示しました。

また、画像内のどの部位が予測の根拠になったかを可視化する手法Grad-CAMを用いて検証したところ、中心金属付近に集中しており、単分子磁石特性の有無を左右する部位として、非常に確からしい部位を認識できていることが示されました。この結果は、本アプローチが物性予測に有用であり、例えばタンパク質とリガンドのドッキングや触媒作用の研究など、反応メカニズムの包括的な理解が不足している分野における有効な手段となることを示唆しています。

学習に使用していない20000件の結晶構造から、単分子磁石特性を予測したところ、もっとも単分子磁石らしいと予測された上位10個の金属錯体の多くは単分子磁石として報告されていることがわかりました。このことから、深層学習モデルは未知のデータから単分子磁石を発見できることが示されました。単分子磁石は、高密度記憶媒体や量子コンピュータなどへの応用が期待される材料で、ナノ金属錯体分野での重要材料です。本研究は、結晶構造データベースをもとに、深層学習による予測が可能であることを概念実証した成果であり、データ駆動型の材料設計の新たな広がりを示すものです。

【論文情報】

雑誌名:IUCrJ

論文タイトル:The prediction of single-molecule magnet properties via deep learning

著者:Yuji Takiguchi, Daisuke Nakane and Takashiro Akitsu

DOI:10.1107/S2052252524000770

URL:https://doi.org/10.1107/S2052252524000770

引用元:PR TIMES

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